ふなぎほふ

大分類万葉神事語辞典
分野分類 CB文学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
+項目名ふなぎほふ;舟競ふ
+項目名(旧かな)
+表記舟競ふ
TitleFunagihofu
テキスト内容柿本人麻呂が、帝徳の広大なことを賛美した歌で大宮人達の遊び戯れるさまが「ももしきの 大宮人は 船並めて 朝川渡り 船競ふ 夕川渡る」(1-36)と描かれている。また「舟競ふ 堀江の川の水際に 来居つつ鳴くは 都鳥かも」(20-4462)では、堀江の川が舟で賑わっている様子が表現されている。人麻呂の吉野賛歌は、この世に聖天子が出現したことを受けて官人たちのよろこびが詠われたもので、ここで舟を競うのは秩序正しい山川の神々とともに臣下らも山の神、川の神とともに遊楽する姿を詠んだものと思われる。吉野は、山水仁智にかなう地であり、そこに都(吉野宮)を定めたのは、中国古来の都城の思想によるものであり、そこでは、すべてが泰平であり、臣下は心から舟遊びをして楽しむというのが、中国の思想である。
+執筆者加藤紗弥香
+参考文献
-68841402009/07/06hoshino.seiji00DSG000667ふなぎほふ;舟競ふFunagihofu柿本人麻呂が、帝徳の広大なことを賛美した歌で大宮人達の遊び戯れるさまが「ももしきの 大宮人は 船並めて 朝川渡り 船競ふ 夕川渡る」(1-36)と描かれている。また「舟競ふ 堀江の川の水際に 来居つつ鳴くは 都鳥かも」(20-4462)では、堀江の川が舟で賑わっている様子が表現されている。人麻呂の吉野賛歌は、この世に聖天子が出現したことを受けて官人たちのよろこびが詠われたもので、ここで舟を競うのは秩序正しい山川の神々とともに臣下らも山の神、川の神とともに遊楽する姿を詠んだものと思われる。吉野は、山水仁智にかなう地であり、そこに都(吉野宮)を定めたのは、中国古来の都城の思想によるものであり、そこでは、すべてが泰平であり、臣下は心から舟遊びをして楽しむというのが、中国の思想である。668ふなぎほふ舟競ふ加藤紗弥香ふ1

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