テキスト内容 | 七夕伝説の男星、牽牛星(けんぎゅうせい)。彦は男の意。日本古来の男神は、機織(はたおり)の男女神としての男神をいうのであろう。人麻呂歌集七夕歌に「孫星」(9-1686、10-2006,2029)、10-2091に「彦星」とあり、奈良時代以前から牽牛を「ひこほし」といっていた。巻15には「比故保思(ひこほし)」(15-3657)とある。万葉集では他に「牽牛」、「男星」と表記している。織女星とともに中国から伝来した七夕伝説の主人公である。二星は1年に1度、7月7日の夜逢うことができるが、中国の伝説では織女星が牽牛星のもとを訪れるというもの。それに対して日本では彦星が織女を訪れるというのが多い。これは日本の妻問い婚の習慣を反映してのものであろう。万葉集には16例みえ、11例が巻10の「七夕」(1996~2093)に集中している。729(天平元)年7月7日の夜、山上憶良が作った歌に「彦星は 織女(たなばたつめ)と 天地の 別れし時ゆ」(8-1520)とあるが、七夕伝説を天地が別れた時からのこととする。紀冒頭に、昔、天と地が分かれず、天と地が初めて分かれた時(一書)とあり、「天地の 別れし時ゆ」は日本神話では天と地のはじまりを示すことになる。憶良の歌は中国伝来の七夕伝説を日本神話の中に位置付け、天地のはじまりの時から天の川を挟んで別れ別れになった、と歌っている。それほど七夕伝説は日本に根付き日本化されたということであろう。「彦星が妻迎え舟を出したらしい。天の川原に霧が立ったのをみると」(8-1527)、「天の川に霧が立ち渡り彦星の梶の音がきこえる」(10-2044)、「天の川の数多い瀬に霧が立っている。彦星の時を待っていた舟が今漕いでいるのだろう」(10-2053)、「降り来る雨は彦星の急いで漕ぐ舟の櫂のしずくであろうか」(10-2052)のように、霧や雨にこめられた七夕の夜は霧や雨を彦星の漕ぐ櫂の飛沫ととらえ、天の川での逢瀬に思いをはせている。8-1527は、逢いにやってくるのは織女星で織女星を迎えるために彦星が舟を出すのであり、中国的なものと日本的なものとの折衷型である。 |
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