テキスト内容 | 月の最初の子の日をいうが、特に正月のはじめの子の日を指す。この日、宮中では天皇が農耕を象徴する辛鋤を、皇后が養蚕を象徴する玉箒を飾って宴が催された。万葉集には758(天平宝字2)年正月3日に孝謙女帝が侍従・堅子・王臣らを召して内裏の東屋の垣下で玉箒をさずけて宴を催した際の大伴家持の次の歌がある。「初春の初子の今日の玉箒(たまばはき)手に取るからに揺(ゆ)らく玉の緒」(20-4493)玉箒は本来養蚕の床を掃く道具であるが、ここに詠まれているものは儀式用のものであったとおぼしい。玉飾が結ばれた箒は手にとると玉飾がゆれる。玉の緒をゆらすことで、玉の威力を増し、養蚕の滞りないことを願った。土橋寛は、こうした揺れ動く様に、霊力の活動が観念されていることいい、「ゆら」「ゆらく」ことに、物自体に潜む「たま(魂)」が自ら発動する状態を示す言葉としての意味をも見いだしている。玉箒を手に取ることには「ゆらく」ことを含めた一連の所作によるタマフリ的意義が込められているといえよう。正倉院の宝物には「子日目利箒」があり、「玉箒」のおもかげを現在に伝えている。折口信夫「年中行事-民間行事伝承の研究-」『全集15』(中央公論社)。土橋寛『古代歌謡と儀礼の研究』(岩波書店)。 |
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