テキスト内容 | 楽しい。快い。記では仁徳条に、天皇が吉備の黒日売と共に菘菜を摘み、「多奴斯久母阿流迦(タヌシクモアルカ)」と述べている歌謡がある(記歌謡)。ここでは単なる興趣よりも、想い人と共にある心の充足を述べる語として「楽し」が用いられている。万葉集では、多く宴の場において用いられ、「梅花の歌」(5-815~846)の冒頭に、春の訪れに際して、「梅を招きつつ楽しき終へめ」と、梅の花を招く呪歌を詠み、それが楽しの極であるとしている。これは、宴席における心の充足の表現として多く用いられ、これに和する19-4174や、「楽しき庭」としてその宴の遊びの場を示す17-3905などにも類する表現がみられる。一方で、「男の神」「女の神」の加護のもとで賓客と共に夏の筑波山に登って遊行したことを、「紐の緒解きて 家の如 解けてそ遊ぶ」(9-1753)と表現し、春の野遊びよりも、夏草の茂るなか汗をかきながら過ごした「今日の楽しさ」と詠んでいることは、現実的な趣よりも神の庇護のもとに過ごすことの充足を、楽しと表現する意識が見られ、注目すべきであろう。橘諸兄宅における肆宴における家持の歌が、天皇の統治のもとにおける「楽しき小里」(19-4272)を詠んでいることは、同様の意識の表出であると考えられる。 |
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