テキスト内容 | 関所。塞き止めるもの。「塞く」の名詞形。塞き止めるもの。関は『律令』の関市令において通過の手続きや開閉の時刻などについて詳細に規定されており、実際の関所の意と解しても比喩的に解しても、自身の想いを塞き止めるものの意として用いられ、月を留めておきたいという想いから、「関もあらぬかも」(7-1077)と詠む歌もあるが、多く恋歌にみられる。「関守」(4-545)や「関山」(15-3757)と詠まれる場合も、遠方の想い人に対し、逢いに行きたい思いや、自身の身は関によって妨げられ此処にあるが、心は寄り添っているという思いを述べる際に用いられる。恋の関としては、遠方への任官による距離、および想い人との間にある実際の関所や関守、恋の障害としての親などが挙げられ、逆に離別の辛さのゆえに、関を設ければ良かったという表現も見られる。特に「明日香皇女の城上の殯宮の時に、柿本朝臣人麿の作れる歌」(2-196~198)では、明日香皇女の死を悼み、夫や子らの慰めのために、「天地の いや遠長く 思ひ行かむ」と、永遠に偲んでいくことを詠い、明日香川を皇女の形見として位置づけている。また、「明日香川しがらみ渡し塞かませば流るる水ものどかにあらまし」(2-197)と、その形見である明日香川を塞き止めることによって水の流れがゆるやかになると詠うことで、明日香皇女との離別もゆるやかになって欲しいという願いを表現しており、形見に対する想いと、その形見を対象そのものに当てはめる表現の一端を見ることが出来る。この、明日香川を「塞く」という表現は、14-3545にも見ることができ、ここでは、女の親による障害を「明日香川塞く」と表現している点が異なるが、塞き止められる対象としての明日香川の在り方をみることが出来る。 |
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