さつまのせと

大分類万葉神事語辞典
分野分類 CB文学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
+項目名さつまのせと;薩摩の瀬戸
+項目名(旧かな)
+表記薩摩の瀬戸
TitleSatsumanoseto
テキスト内容鹿児島県阿久根市黒之浜と天草諸島の南端長島(同県出水郡東町)との海峡をいう。現在、黒之瀬戸と呼ばれている。万葉集中唯一例で薩摩の瀬戸を詠みこんだ「隼人の薩摩の瀬戸を雲居なす遠くも我は今日見つるかも」(3-248)の1首は、長田王が筑紫に遣わされた際の歌と一連のものとして収められている歌である。「隼人」は「薩摩」にかかる修飾語ととらえられている。隼人は日向・大隅・薩摩一帯を本拠地とする部族で、勇猛果敢で行動が敏捷であることからその名がついたとされる。そうした語感をもって修飾される薩摩の瀬戸は、流れの急な、航海の困難な海峡として名高い地であったのだろう。「鳴る神の音のみ聞きし巻向の檜原の山を今日見つるかも」(7-1092)、「音に聞き目にはいまだ見ぬ吉野川六田の淀を今日見つるかも」(7-1105)といった例もあるように、名高い地を見た感慨が、末尾の「今日見つるかも」の語に込められており、こうした地を目前にして歌を詠うことには、その土地を讃美し、かつ、その地を訪れたことへの手向けとしての意義が存したのである。
+執筆者城﨑陽子
+参考文献
-68569402009/07/06hoshino.seiji00DSG000395さつまのせと;薩摩の瀬戸Satsumanoseto鹿児島県阿久根市黒之浜と天草諸島の南端長島(同県出水郡東町)との海峡をいう。現在、黒之瀬戸と呼ばれている。万葉集中唯一例で薩摩の瀬戸を詠みこんだ「隼人の薩摩の瀬戸を雲居なす遠くも我は今日見つるかも」(3-248)の1首は、長田王が筑紫に遣わされた際の歌と一連のものとして収められている歌である。「隼人」は「薩摩」にかかる修飾語ととらえられている。隼人は日向・大隅・薩摩一帯を本拠地とする部族で、勇猛果敢で行動が敏捷であることからその名がついたとされる。そうした語感をもって修飾される薩摩の瀬戸は、流れの急な、航海の困難な海峡として名高い地であったのだろう。「鳴る神の音のみ聞きし巻向の檜原の山を今日見つるかも」(7-1092)、「音に聞き目にはいまだ見ぬ吉野川六田の淀を今日見つるかも」(7-1105)といった例もあるように、名高い地を見た感慨が、末尾の「今日見つるかも」の語に込められており、こうした地を目前にして歌を詠うことには、その土地を讃美し、かつ、その地を訪れたことへの手向けとしての意義が存したのである。396さつまのせと薩摩の瀬戸城﨑陽子さ1

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