テキスト内容 | 桑科の落葉高木。葉は縁がぎざぎざした卵円形で光沢があり、四月に新葉を出す。『和名抄』に「桑柘 久波、一名都美、蚕所食也」とある。また、『本草和名』には「桒根白皮 久波乃加波」とあり、桑の皮が薬として用いられていた。桑の木は栽培して養蚕に用い、木材は器具を作るのに用いられる。野生の桑を柘(つみ)という。また、蚕が桑の葉を食べることから、蚕のことを「桑子(くわこ)」という。万葉集で桑が詠まれた歌は、7-1357のみであり、そこでは母が生業として育てている桑の木が詠まれている。養蚕は女の生業であり、紀の雄略天皇6年3月7日の記事には、后妃親(みづか)ら桑を摘み蚕事を勧めることを天皇が欲していることが書かれている。この后妃親ら桑を摘み、以て蚕事を勧奨するという考えは『礼記』月令・季春3月条より受容されたものである。養蚕が女の生業だという考えは普遍的なあり方なのである。豊後国風土記には、直入郡(旧名、直桑村)の地名起源として、生えている桑の高さが極めて高く、「枝も幹も直く美し」かったという。古来から桑の神木があり、重んじられていたことがわかる。また出雲国風土記の嶋根郡・蜈蚣島の記事には、土壌が豊かに肥え、草木は茂り、桑・麻が豊かであることが書かれている。 |
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