きゅうせん

大分類万葉神事語辞典
分野分類 CB文学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
+項目名きゅうせん;九泉
+項目名(旧かな)
+表記九泉
TitleKyusen
テキスト内容大地の下にある九重の底で、黄泉をいう。木玄虚「海賦」(『文選』所収)の「吹烱九泉」の李善注に「地有九重、故曰九泉」とある。山上憶良作の「沈痾自哀文」では、『遊仙窟』を引用した中で「九泉」の言葉を見ることができる。そこでは、「九泉の下の人は、一銭にだに直せず」といい、死人には一文の価値もないことを言う。実際の『遊仙窟』の話を見ると、主人公である張文成が十娘と五嫂という女性両方を手に入れようとしているので、十娘がわざとすねてみせた言葉の一部分である。「少府(張文成)はわたしのことを死者と同様、何の役にも立たないとおっしゃるのでしょう。明日外に出られたら、わたしのことを一文の値打ちもない女だと言いふらすのでしょう」と言うのである。女から男に向けられた非難の台詞である。しかし憶良の「沈痾自哀文」は、男女の恋のやり取りではなく、生きることの難しさ、だからこそ生有ることが尊いのだと綿々と述べるのである。そして、生の重要さを強調するために死を卑下する表現として『遊仙窟』の言葉を用いている。中国文学における死者世界を生死の概念の中で理解していたのである。
+執筆者大堀英二
+参考文献
-68500402009/07/06hoshino.seiji00DSG000326きゅうせん;九泉Kyusen大地の下にある九重の底で、黄泉をいう。木玄虚「海賦」(『文選』所収)の「吹烱九泉」の李善注に「地有九重、故曰九泉」とある。山上憶良作の「沈痾自哀文」では、『遊仙窟』を引用した中で「九泉」の言葉を見ることができる。そこでは、「九泉の下の人は、一銭にだに直せず」といい、死人には一文の価値もないことを言う。実際の『遊仙窟』の話を見ると、主人公である張文成が十娘と五嫂という女性両方を手に入れようとしているので、十娘がわざとすねてみせた言葉の一部分である。「少府(張文成)はわたしのことを死者と同様、何の役にも立たないとおっしゃるのでしょう。明日外に出られたら、わたしのことを一文の値打ちもない女だと言いふらすのでしょう」と言うのである。女から男に向けられた非難の台詞である。しかし憶良の「沈痾自哀文」は、男女の恋のやり取りではなく、生きることの難しさ、だからこそ生有ることが尊いのだと綿々と述べるのである。そして、生の重要さを強調するために死を卑下する表現として『遊仙窟』の言葉を用いている。中国文学における死者世界を生死の概念の中で理解していたのである。327きゅうせん九泉大堀英二き1

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