かるのやしろ

大分類万葉神事語辞典
分野分類 CB文学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
+項目名かるのやしろ;軽の社
+項目名(旧かな)
+表記軽の社
TitleKarunoyashiro
テキスト内容所在は未詳。軽の地は、奈良県橿原市の東南大軽あたり。式内社である「軽樹村坐神社」に擬せられている畝傍山西南麓の軽古の社とも言われている。軽の地は、懿徳天皇の時に都とされており(紀・前509(懿徳2)年正月)、古来から親しまれてきた地であり、万葉集には「軽の市」(2-207)ともあり、人々が行き交う賑わいのある地であった。11-2656番歌には、そのような軽の地にある神の社として「軽の社」が詠まれている。軽の地に集まる人々により信仰された社であったと思われる。そして、その社には「斎ひ槻」と神聖・清浄な神木の「槻」があった。「槻」は欅の古名。「天飛ぶや 軽の社の 斎ひ槻」の「斎ひ槻」は、結句の「隠妻」を導き出している。「隠妻」が人目をはばかり忍ぶ妻であるように、「斎ひ槻」も人々が間近でみることのできない、大切に守られていた神木であったことが知られるのである。「軽の社」にある大きな神木は「軽の道」(2-207、4-543)や「軽の市」から見えていたであろうし、遠目からしか見る事のできない神木もまた信仰の対象になっていたのであろう。
+執筆者大堀英二
+参考文献
-68485402009/07/06hoshino.seiji00DSG000311かるのやしろ;軽の社Karunoyashiro所在は未詳。軽の地は、奈良県橿原市の東南大軽あたり。式内社である「軽樹村坐神社」に擬せられている畝傍山西南麓の軽古の社とも言われている。軽の地は、懿徳天皇の時に都とされており(紀・前509(懿徳2)年正月)、古来から親しまれてきた地であり、万葉集には「軽の市」(2-207)ともあり、人々が行き交う賑わいのある地であった。11-2656番歌には、そのような軽の地にある神の社として「軽の社」が詠まれている。軽の地に集まる人々により信仰された社であったと思われる。そして、その社には「斎ひ槻」と神聖・清浄な神木の「槻」があった。「槻」は欅の古名。「天飛ぶや 軽の社の 斎ひ槻」の「斎ひ槻」は、結句の「隠妻」を導き出している。「隠妻」が人目をはばかり忍ぶ妻であるように、「斎ひ槻」も人々が間近でみることのできない、大切に守られていた神木であったことが知られるのである。「軽の社」にある大きな神木は「軽の道」(2-207、4-543)や「軽の市」から見えていたであろうし、遠目からしか見る事のできない神木もまた信仰の対象になっていたのであろう。312かるのやしろ軽の社大堀英二か1

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