いわゆ

大分類万葉神事語辞典
分野分類 CB文学
文化財分類 CB学術データベース
資料形式 CBテキストデータベース
+項目名いわゆ;いはゆ;石湯
+項目名(旧かな)いはゆ
+表記石湯
TitleIwayu
テキスト内容伊予の温湯。愛媛県松山市道後温泉。『仙覚註釈』に載る伊予国風土記逸文には、伊予の温湯の起源が記されている。昔、大汝命が、仮死状態となった宿奈毘古那命(すくなびこなのみこと)を蘇生させたいと思い、大分の速見の温泉(別府温泉)から、地下水路を作って引き、浴びせたところ、生き返ったという。今の世でも病気に罹った人は、病気を取り除き、長く健康を保つ薬としているという。また、同じ風土記逸文によれば、伊予の温湯には天皇家は5回訪れたと伝える。景行天皇と大后、仲哀天皇と神功皇后、聖徳太子(この時碑文を建てたと伝える)、舒明天皇と皇極天皇、斉明天皇と天智天皇と天武天皇の5回である。5度目の行幸は、661(斉明天皇7)年正月に「庚戌に、御船、伊予の熟田津の石湯行宮に泊つ」とある時のもの。唐・新羅軍の攻撃を受けて滅亡に瀕した百済の救援のために難波を出帆し、立ち寄った時の記事である。万葉集に載る額田王の「熟田津」の歌(1-8)は、この時のものと見られる。左注に載る類従歌林の説明には、斉明天皇が夫舒明天皇の来た時の風物が昔のまま残っているのを御覧になり、懐かしく思われて歌を作り、悲しみの気持ちを表わした御製歌であるという。
+執筆者谷口雅博
+参考文献
-68311402009/07/06hoshino.seiji00DSG000137いわゆ;いはゆ;石湯Iwayu伊予の温湯。愛媛県松山市道後温泉。『仙覚註釈』に載る伊予国風土記逸文には、伊予の温湯の起源が記されている。昔、大汝命が、仮死状態となった宿奈毘古那命(すくなびこなのみこと)を蘇生させたいと思い、大分の速見の温泉(別府温泉)から、地下水路を作って引き、浴びせたところ、生き返ったという。今の世でも病気に罹った人は、病気を取り除き、長く健康を保つ薬としているという。また、同じ風土記逸文によれば、伊予の温湯には天皇家は5回訪れたと伝える。景行天皇と大后、仲哀天皇と神功皇后、聖徳太子(この時碑文を建てたと伝える)、舒明天皇と皇極天皇、斉明天皇と天智天皇と天武天皇の5回である。5度目の行幸は、661(斉明天皇7)年正月に「庚戌に、御船、伊予の熟田津の石湯行宮に泊つ」とある時のもの。唐・新羅軍の攻撃を受けて滅亡に瀕した百済の救援のために難波を出帆し、立ち寄った時の記事である。万葉集に載る額田王の「熟田津」の歌(1-8)は、この時のものと見られる。左注に載る類従歌林の説明には、斉明天皇が夫舒明天皇の来た時の風物が昔のまま残っているのを御覧になり、懐かしく思われて歌を作り、悲しみの気持ちを表わした御製歌であるという。138いわゆいはゆ石湯谷口雅博い1

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