テキスト内容 | 恋人や夫婦の間で、相手に親しみを込めて呼ぶ称。男から女には「妹」、女から男には「背」を用いる。ただし、「背」に関しては、単独で用いた例はなく、「わたしの」の意を冠して親愛の情を加えた「我が背(子)」の例が大半を占める。具体的には、「背」33例のうち29例が「我が背」の、「背子」の場合は117例すべてが「我が背子」の形をとる。「我が背(子)」やそれと対の「我妹(わぎも)」の呼称は、異性間のみならず、男同士・女同士の贈答歌にも見られる。かかる用法は、呼称としての「背」や「妹」が、配偶者としての女の立場を絶対的に示す現代語の「夫」や「妻」の如きものではなく、相手に対する話者の親愛感情を反映して用いられる呼称であることを示している。ただし、夫婦や恋人を指す妹・背の用法は、歌謡や和歌に限って見られるものであって、記では、イザナキが黄泉国で出迎えたイザナミに「愛しき我がなに妹の命」(神代記)と呼びかけた例があるものの、散文体の文章においては、例えば、邇芸速日命が登美夜毘売を娶るくだりで、登美夜毘売が「登美毘古が妹」(神武記)と記されるように、兄弟としての妹の立場を表す例ばかりである(ただし、イザナミに関する記述には「妹」で妻の立場を表す例が見られる)。上記の如く、和歌における「背」は、そのほとんどが夫や恋人の意を示すのであるが、兄弟の立場を表す例も2例確認できる。1つは、万葉集巻6の市原王の歌で、ものを言わない木にさえ妹と背があるというのに、と木を引き合いに自分が独り子であることを嘆いたものであり(6-1007)、もう1つは、巻17の大伴家持の歌で、男の子どもも女の子どもも兄弟姉妹は皆(「妹も背も」)泣き騒いでいるだろうと詠ったものである(17-3962)。用例数は少ないが、これが本来の用法であったとも見得る。万葉集には他に、和歌山県伊都郡を流れる紀ノ川を挟んで並ぶ「妹背(いもせ)の山」を詠んだ歌が見える。もともと両岸が接するゆえ「狭山(せやま)」と呼ばれていた山の名称が「背山(せやま)」と解されるに及んで、伴侶を求めて対岸を「妹山(いもやま)」と称するようになった(『万葉ことば事典』大和書房)という。 |
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