テキスト内容 | 女性に対する愛称。男性への「兄(せ)」と対をなす。現代では自己より年齢が下の同母の女性を指すが、古代においては年齢の上下を問わずに用いられた。また、男性が親族内の女性を指して用いる一方で、妻や恋人を呼ぶ場合にも用いた。女性同士で親しみを込めた呼称として用いる場合もある(4-782など)。「我」の語を冠し親愛の情を示す「子」などの語を添えて、「わぎも(我妹)」「わぎもこ(我妹子)」などの形でも詠まれており、このことは、用いるにあたってそれなりの親和関係が前提となったためであると考えられている。同じ語で同母の姉妹も妻や恋人も指したことについては、原初的な兄妹婚の名残とも捉えられている。古代においては実際に異母姉妹などとの結婚が行われてはいたが、「妹」が同世代の異性への擬制的呼称でもあることを考慮すれば、兄妹婚を実態として想定するのは困難であり、定説には至っていない。他方で、沖縄の民俗事例をもとに家の中の祭祀を担った女性を指すともいわれている。記上巻の阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこねのかみ)と妹高比売命(たかひめのみこと)や仁徳記の丸邇臣口子(わにのおみくちこ)と妹口比売(くちひめ)の挿話などから、霊能で結ばれた兄妹関係があった可能性が指摘されている。これらの「妹」は必ずしも同母の姉妹ではなく、血族の記憶を管理し家の祭儀を行う霊能を持った親族だったのではないかという。また、記紀神話におけるイザナキ・イザナミ神は兄妹の関係であるとされ、世界の創世神話の多くにおいて夫婦関係の詩的・神話的原型が「妹」と「兄」であったともいう。こうした兄妹婚の神話は東アジアに広く分布する洪水神話において特徴的に見出せる、民族誕生に関わる神話である。それと同時に実際の兄妹婚は厳しい禁忌となる場合が多いが、それゆえに恋歌が成立したという指摘もある。万葉集においても妻または恋人を指す用例は多く、禁忌の認識の上にこそ恋歌の文化が成立し得た可能性がある。こうした性格は歌の用例に限られており、歌ことばと日常語彙とに差異があった可能性を示唆している。古代の親族組織や家の祭祀、また恋歌の成立やその質など、さまざまな問題を孕む重要な語彙である。柳田国男「妹の力」『全集11』(筑摩書房)。西郷信綱「近親相姦と神話」『古事記研究』(未来社)。倉塚曄子「兄と妹の物語」『巫女の文化』(平凡社)。古橋信孝「妹の神話的位相」『古代和歌の発生』(東京大学出版会)。辰巳正明「兄と妹の恋」『文学・語学』。 |
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