テキスト内容 | 信濃国の東歌(14-3398)に登場する娘の呼び名。井で水を汲む娘の意。石井は、石で囲った井戸の意であるが、地名とする説もある。「てこ」は、恋人を引き留められずに大泣きした様子を赤ん坊に喩えて「手児(てご)にあらなくに」(14-3485)といった例などから明らかなように、もともと手に抱く赤ん坊の意であったが、娘を指すのにも用いられた。歌の内容は、人々との交際は絶たれても石井の手児との関わりは絶えないでほしいと、井で水を汲む娘への恋情を男の立場から歌ったものである。娘の意を指す「てこ」の例としては、他に、「真間のてごな」(3-431他)がある。「真間のてごな」を題材とする歌は複数あるが、その中に、葛飾の真間の井を見るとそこに立って水汲んだという手児名(てごな)が偲ばれる、というように、同じく井戸を詠んだものがある(9-1808)。常陸国風土記行方郡に、井の近くに住むものは男も女も集まって水を汲んだり飲んだりしたと記されるように、井はもともと人々の集う場所であった。それをふまえて折口信夫は、「此石井のてこも、真間のてこなと同じく、此石井に出て水汲む様が、人目を牽いて、石井の里の娘と、もてはやされたのであらう。」(「万葉集講義(一)」『全集7』)と、憧憬の対象としての娘と井戸との関わりを説いている。また、来臨した神が井戸を見出し村立てをするという伝承を背景に、その井のもとで巫女(水の女)と結ばれるという神婚幻想が、井戸と美しい女性とを結びつけたとする説(『万葉ことば事典』)もある。 |
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