テキスト内容 | 呪力のある言葉(祝詞)を唱えることで良くないものを取り去る、の意。大伴家持の万葉歌「酒を造る歌」(17-4031)に唯一見られる用例。歌意は「中臣のすばらしい祝詞を唱えて祓へをし、供物を捧げて長くと祈る命も誰あろうあなたのためです」というもの。「祓へ」は本来「罪を犯した者が罪を無いものにするために他から科されて物を提出する」という意味であるが、万葉集では贖罪のための物品拠出という側面が薄れて悪いものを払い除くという意味合いが強くなっており、しかも他から科されるのではなく自分で行う行為という方向に変わっている。万葉集の「祓へ」は「みそぎ」に近い意味で使われていると言えるのであるが、この歌の「言ひ祓へ」も例外ではない。この歌には「言ひ祓へ」の語のほかに物品提供による贖罪、「あがなう」を意味する「贖(あか)ふ」も含まれている。このことはすなわち、「言ひ祓へ」にはすでに「あがなう」の意が含まれないようになっていることを示していると判断できる。また、この歌の「言ひ祓へ」は、長命を実現させるための呪術的行為を具体的に表現している語だが、呪力のある言葉、「中臣の太祝詞言(ふとのりとごと)」を唱えることが「祓へ」と密接に関連しているところに特徴がある。呪力ある言葉によって、長命を妨げる災いを取り去るという発想を認めることができる。記には、高天原でスサノヲの命が働いた悪行に対して天照大御神が「詔り直し」を行い、もたらされた穢れを言葉の呪力によって回避しようとしたことが見え、言霊信仰との関わりが指摘されているが、言葉によって悪い状態を良い状態に転換させるという点において、「言ひ祓へ」にもこれと通底するものがあるとも考えられよう。青木紀元「ミソギとハラヘ」『日本神話の基礎的研究』(風間書房)。土橋寛「コトバの呪術と宗教」『日本語に探る古代信仰―フェティシズムから神道まで―』(中央公論社)。 |
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