テキスト内容 | 天空をかけめぐる。万葉集に1例。山上憶良が遣唐大使丹比広成に贈った歌で、天地の大御神ことに大和の大国御魂が「阿麻賀気利」見渡して導くことを詠み、遣唐使の無事帰国を予祝している。このような神の飛翔を意味するものとして、祝詞出雲国造神賀詞に、出雲臣の祖神天穂比命が国状を見に派遣された時に、「天翔国翔」して、天の下を見廻ったとある。人の霊魂にも用いられ、記に倭建命が死後、大和からかけつけた后や御子たちが墓を作って葬ったが、倭建命の霊魂は八尋白千鳥になって、「翔天」したとある。記の話は、倭建命の魂がこの世とは隔絶された世界に確実に飛び去ったことを語る伝承とされる。鳥を死者の霊魂の象徴とみるのは世界に広く見られる一般的な観念であるが、天上へ向かう場合に限らない。天智天皇の崩御後の、恐らくは山科の地に葬った折りの歌と思われる倭姫大后の歌(2-148)では、木幡の山の上を行き来する霊魂を詠む。このような理解は巻2の結び松歌群中の憶良歌(2-145)についても同様にみられる。第1句「鳥翔成」は難訓で未だ定訓を得ない。代表的な訓としてはツバサナスとアマガケリであるが、第2句以下が、有間皇子の霊魂だけは飛び通いながら松を見ているという意であることから、「成」の訓に難を残すもののアマガケリと訓む。集中同じ「天翔」の表記で、アマトブと訓む歌がある。こちらは具体的に鳥などを実景として詠む場合である。集中では鳥の飛翔にはトブ・カケルが両用されている。宇治川にして作ると題された歌(9-1700)では「天雲翔る」とある。この句は諸本で文字に異同があり、雲の運行とみる説もあるが、雁の飛翔とみるのが穏やかであろう。死者の霊魂を雁に喩えたものではないが、この表現からみれば、遙かに飛んでゆく渡り鳥が異界へ向かうイメージで捉えていると考えられる。 |
---|