テキスト内容 | カバノキ科カバノキ属の落葉広葉樹。梓はミズメの古名。岩手県以南に生育する。樹皮に特有の臭気(サロメチール)がある。梓の木は材質的に弾力性があるので、古くは弓の材に用いた。単に「梓」と歌うのは「刺し柳 根張り梓を 大御手に 取らし賜ひて」(13-3324)である。御手にお取りになってと続いているから「梓」は梓の弓の意である。「刺し楊根張り」という修飾部は、挿し木にするとすぐに根を張る楊のその張るを、弦を張るに転じて序詞にしたものである。「梓の弓」と丁寧に歌うのは、「み執らしの 梓の弓の 中弭の 音すなり」(1-3)であり、狩に先立ち魔よけのために中弭を鳴らす呪法に基づいて歌っている。「梓弓」という固有名詞の形で歌う「梓弓爪引く夜音の遠音にも」(4-531)も、夜、遠く宮門を警護する衛士が、邪を祓うために立てる弦の音を比喩にしている。現在も宮中などで行われる予祝儀礼の時の「鳴弦」に連なる発想である。他に「梓の弓の弓束にもがも」(14-3567)と歌う例があるが、「梓の弓」は他の歌はすべて「梓弓」という固有名詞で歌われている。弓の他に「梓」が詠み込まれるのは、枕詞の「玉梓の」で、万葉集中のほとんどが「使ひ」に掛かる。便りを運ぶ使者が梓の木に書状を挟んで往来したことによる。「いつしかと 待つらむ妹に 玉梓の 使の言へば 梓弓 音に聞きて」(3-445)と歌われている。「音」はこの場合は邪を払う音ではなく、使いがもたらす音信や噂ほどの意である。「玉梓の」が使いを表す枕詞として働かずに、「玉梓の言」(3-445)、「玉梓の人」(3-420)という形で、使いの人それ自身を表す例も2例ある。また、「玉梓の妹は」(7-1415、6)という形が2例有り、使いが便りを届ける相手の女性というニュアンスで詠み上げている。この枕詞が人麻呂以前には見受けられないので、人麻呂によって創作した可能性もある。 |
---|