山守の焼印

名称ヨミヤマモリノヤキイン
年代江戸時代
指定年月日市・昭和48年10月8日
解説藩政時代に細野村の山守が所持していたものという。当時山根地区は6ヶ村に別れ、各村に山守がいたが、ほかに同様の印はみられない。山守が所持していることから、伐採した木材に焼印として押したものと伝えられているが、通常の木材に使用する焼印とは形状が異なり、かなり大きく、馬用の焼印の可能性も考えられる。柄の部分は空洞になっている。
所有者の家では、年毎に新しい紙で包み直す仕来たりになっている。
参考『久慈市の指定文化財』,『久慈文化財マップ』25

PageTop