民間備荒録

公開解説一関藩医であった建部清庵(たてべせいあん)が、宝暦5年(1755)の奥羽大飢饉に際して著したのが『民間備荒録』です。清庵は山野に自生する草木のなかから食用植物を選びだし、その調理法を記して、人々を飢えと食毒から救おうとしたのです。当初は筆録されて領内各村の肝入等に配られましたが、16年後の明和8年(1771)にはじめて印刷・刊行されました。展示資料は天保5年(1834)に刊行されたものです。
 なお、清庵は食用植物を識別できるようにと、今の図鑑に当たる『備荒草木図』を、明和8年に著しています。

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