志和御境塚絵図

サイズ37㎝×59.5㎝
公開解説紫波郡紫波町の稲藤、上平沢、土舘、片寄の4村は八戸藩領でした。奥州道中や北上川や滝名川の水運が使え、日詰に近江商人が多く、盛岡に近く、藩主夫人の母方の実家で土地勘もあったことから選ばれました。ここからの年貢米などによって、八戸藩の江戸屋敷の費用を賄いました。

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