傘形連判状

公開解説この形式の連判状は、車連判状とも呼ばれます。一揆に参加する者の連帯意識、一致団結を表現するため、このように署名しました。
 百姓一揆では、首謀者を隠すためにこの方法をとる場合がありました。
 この文書は、安永6年(1777)に沢内通(現在の西和賀町)で書かれたものです。

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