白磁四耳壺

★資料登録番号26IDM-Hy-3
収蔵施設名柳之御所資料館
公開解説白磁は、中国で南北朝時代後期(6世紀)頃に出現し、唐代には河南・華北地方で盛んに作られました。宋代には象牙のような色合いの白磁が定窯(ていよう)で作られ、景徳鎮(けいとくちんよう)窯では白磁のほか影青(ようてん)(青白磁)が量産されました。白磁は11世紀末から日本にも本格的に輸入され、四耳壺などの高級器が蔵骨器(火葬骨の容器)や、経容器(経塚に納める容器)として各地で用いられるようになりました。四耳壺は、この名のとおり肩部に4個の横耳が付けられているのが特徴です。この四耳壺は福建省付近の窯の製品と推定されていますが、何よりの特徴は頸部(けいぶ)から肩部、底部の一部に漆布が付着していたことで、壺全体を漆布で覆っていたと考えられます。なぜ、漆布で覆っていたかは類例がなく不明です。漆布の漆については、東京大総合研究博物館の吉田邦夫准教授の分析により、ストロンチウムという元素の値から産地を調べた結果、漆は日本列島産で現生の浄法寺産の値に近いことが分かりました。奥州藤原氏はなぜ中国産白磁に漆布をかぶせたのか、その謎に迫る手掛かりとして注目されています。

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