盛岡空襲での砲弾破片・弾丸薬莢

★資料登録番号26IDM-H-39
収蔵施設名岩手県立博物館
公開解説岩手県内の市町村の多くも空襲の被害に遭いました。盛岡は昭和20(1945)年の3月10日午前2時に盛岡駅前と大沢川原小路の一部が、8月10日午前11時には盛岡駅付近が空襲されました。3月10の羅災状況は家屋155戸、志望者3人、負傷者5人、羅災者613名でした。この砲弾破片と弾丸薬莢は敗色が濃厚な8月10日の米軍空襲で使用されたものです。艦載機グラマンF4、F6機による銃爆撃を受け、国鉄盛岡工場、盛岡ガス等が羅災しました。

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