井澤彌總兵衛墓碑
大分類 | 【指】指定文化財 |
---|---|
名称(ヨミ) | イザワヤソベエボヒ |
種別 | 有形文化財 |
区分 | 歴史資料 |
員数 | 1基 |
指定年月日 | 2012/04/01 |
指定番号 | 千文(有)第68号 |
所在地 | 麹町6-4-2 心法寺境内 |
所有者(保持者) | 宗教法人心法寺、個人 |
年代 | 天明7年(1787)5月 |
内容・伝来 | 区内で唯一境内墓地を持つ寺院、千代田区麹町六丁目の心法寺境内に所在している。墓碑正面及び左右側面にある銘文から、天保7年(1787)5月に建てられ、初代の井澤為永とその妻を合葬したもの。天保7年は、井澤為永没後49年目にあたるため、50年忌として新たに建設されたと考えられる。 |
備考 | 井澤家は初代為永が紀伊家に仕え、藩主徳川吉宗の将軍就任により旗本として召し出された。井澤為永は、紀州時代には亀池の築造・新川の改修・藤崎井用水・小田井用水など紀州藩の土木工事に携わり、旗本となり普請役を勤めてからも新田開発・用水開削・湖沼干拓・河川改修等を行っている。これらの事業のうち、特に「見沼代用水」については、見沼通船堀の史跡指定、「井澤祠」・頌徳碑・銅像の建立など検証・評価がなされている。 ※通常一般公開は行っていません。 |