守屋多々志

作家名(よみ)もりやただし
作家名(英語)MORIYA Tadashi
生地岐阜県大垣市
生年1912
没地神奈川県鎌倉市(東京)
没年2003

作家解説

味噌たまり製造元「四代目孫八」の四男として生まれ、本名は正。 生後守屋貞吉(同市桐ケ崎の米穀商)の養子となる。東京美術学校日本画科に入学し、在学中に特待生となる。卒業制作『白雨』によって川端玉章称を受賞する。 1941年 再興日本美術院第28回展に『継信忠信』が初入選する。 1943年 第30回院展に『陸奥の宿』が入選し、院友に推挙される。この年から雅号を「多々志」とした。政府留学生としてイタリアに2年間留学。 1958年 第43回院展に『アンジェリコの窓』を出品し、佳作(白寿賞)を受賞する。1960年 鎌倉端鹿山円覚寺金堂の天井画『白龍』を完成させる。 1967年 法隆寺金堂壁画再現模写が開始され、前田青邨に加わり第十号壁「薬師浄土」を担当する。1972年 文化庁より高松塚古墳壁画模写を委嘱され、東壁の女性群像を担当する。(総監督は前田青邨)1976年 飛鳥保存財団の委嘱により、高松塚壁画館に展示するための壁画模写(20面)に総監督として従事、約2年を要して完成させる。 1979年 第63回院展出品作『平家厳島納経』に対して第29回芸術選奨文部大臣賞が贈られる。高野山金剛峯寺別殿の襖絵(8室、82面)を3年かけ完成させる。1981年 カトリック教会東京大司教区の依頼によりローマ教皇来日記念として献上する屏風『ジェロニモ天草四郎』を制作、ヴァチカンにてヨハネ・パウロ2世に謁見し、これを献呈する。 1984年 在日ヴァチカン大使館にて聖シルベストロ教皇騎士団勲章の伝達を受ける。 1991年 平成3年、神社本庁の依頼により、『平成御大札絵巻』を制作、翌年に完成させる。 1992年 大垣栄誉市民となる。 出身地大垣市へ3300点の作品を寄贈・寄託した。

この作家の作品一覧[全2件]

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