ナーマシゴウイジュン

資産概要松原西区のメンタ(前田)に位置し、ノロアマ(尾和喜の姉)が水脈をあてた。水源はカアミー滝で、どんな旱魃でも水切れがなかった。ノロアマは申歳生の人であった。旧八月に村のノロガナシが大城のアジガナシの所で祭りがあったのでその時のノロガナシはカーミ滝に行き水の行をして大城にのぼりアジガナシのもとで祭り行われた。
その後、島津との戦いで自害された。その時に申歳で一日生まれの女に拝ますようにとの遺言をした。それで、遺言どおり代々長男の子が拝んでいたがその死後とだえていた。とだえてから気がかりなことがおこったのでノロアマから四代目の申歳で一日生まれの上田豊子が拝むようになった。旧八月のみづのえのよき日で満潮時(沖での満潮は夜の一時)にカーミュ滝から始まりナーマシゴウで祭りを行っている。お供え物には三段重三箇所、果物、いも(必ず)米穀(琉宮と結ぶ意味、たいの魚二匹洗米(七回洗う)皿を三つに分ける。料理七品(鍋でたいたもの)素麺(なまもの)喜びの意、白紙九枚(国を拝むの意)白紙七枚(琉球を拝むの意)白紙は天と地を白紙心で拝む(神心は白紙である意)それから七色、自然色即ち虹色(自然と天と地とのつなぎの拝み)線香、三本づつ三個所(国にかける意)それに十二本、十二支の神々と三六方(四方八方)にかけるの意、これを九枚、七枚の白紙にのせて供え、泉の前で拝みを行う。(塩の使用を禁じている)上田豊子さんは昭和五十年から拝み始め今年は十五年目であると。

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