トリトリデッキ付近から見た寝姿山

寝姿山

遺産名(ヨミ)ねすがたやま
資産概要昭和53年(1978年)発行の『天城町誌』には『「猫の鼻」から南側へ並んでいる山々を妊婦の寝姿に見立てて呼んでいる。最近猫の鼻から右側へ並んでいる山々を総称して寝姿山といっている。これは洗い髪をした妊婦が、髪をなびかせてあお向けに寝ている形に見たてて猫鼻を額に、右へ鼻・あご・胸・お乳・腹・足にみたてて寝姿山というようになった。』とある。

寝姿山と呼ばれる連山は元々、島人からニシヤマやニシンヤマと呼ばれていた。方言でニシは北の方角の意味で、北にある山というシンプルかつストレートな呼称だった。さらに、その西端の峰周辺をマユンハナ(猫の鼻 ← 島の方言で、ネコのことをマユ、マヤと呼ぶ)、東にそびえる最も高い峰をアメキデー(雨気岳)や、アメキゥデー(雨気御岳)と呼んでいた。

それぞれ連山のピークになっている山の名称と標高は、顔/猫鼻(まゆんはな)250m、胸/中盛岳353m、腹/平山438m、つま先/天城岳533m。

反対側(北側)から見ると、当然ながら姿は変化し、南側から見たときのように人間らしくはならず、徳之島空港やその北側の天城町総合運動公園からの眺めが、もっともそれらしい姿になる。高度成長期の昭和30年代後半~40年代に始まる旅行や新婚旅行のブームで島を訪れ、空港に降り立った客が寝姿山と呼び始めたと思われる。

ちなみに、徳之島空港の共用開始は、奄美群島で最も早い昭和37年(1962年)である。奄美空港は昭和39年(1964年)、沖永良部は昭和44年(1969年)、与論は昭和51年(1976年)と続くが、沖縄がまだ米軍の施政下にあったことと、奄美大島のようにリアス式海岸ではなく、比較的島内の道路が整備しやすかったため、実質的に徳之島が最も訪れやすい国内南端の島となっていた。また、寝姿山の名は、以前から伊豆下田の名所に用いられており、現在は富士箱根伊豆国立公園、および伊豆半島ジオパークに登録されている。おそらく、下田を訪れたか、または下田の寝姿山を知っていた旅行客が名付けた可能性がある。

動植物については、アマミノクロウサギをはじめ、トクノシマトゲネズミ、オビトカゲモドキなども生息しており、特にこの連山には徳之島固有の植物、ハツシマカンアオイが多い点が特徴である。

なお
画像のようにイノー(礁池)に満ちた海面に映る、言わば『逆さ寝姿山』が見られるのは、年に2、3回。場所は天城町総合運動公園のトリトリデッキ周辺で、午前中の満潮、晴天、無風(もしくは風裏になる、東からの微風)が重なる必要がある。

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