瀬滝のテラ(拝み山)

遺産概要瀬滝集落が立地する台地と美名田山麓との間に広大な擂り鉢状の低地が広がっており、その低地の瀬滝集落にある標高約110mの独立丘陵が瀬滝のテラで、字前田い位置している。瀬滝のテラの西隣の低地にはコウシリイジュンがあり、低地を挟んだ北西側の台地上の縁辺はグシクと呼ばれている。慶応年間のころ、農作業を行う牛馬が次々に斃れ、黒糖作りや米作りに大きな影響が出た。そのため、集落の長老であった石原益清爺は、鹿児島を往復し、ある神社の分身が叶えられ、「拝み山」にご神体を鎮めることとなった。それ以降、テラと呼ばれるようになり、テラメ(テラ参り)が行われるようになったとされる。テラメ祭りは秋の彼岸に行われ、その日は松の巨木に白い布を掲げて祭りを示し、まず踊り手15人ほどが、ご神体の前にある広場でグスクり・夏目踊り・七月踊りを奉納したあと、山テラを降り、収穫を終えた田圃で、集落中の人々が一重一瓶を携えて集まり、祝宴が繰り広げられた。
戦時中には、出征兵士が武運長久を祈願する集落民にとっての守護役的存在であった。現在でも参拝者が
おり、健康祈願・安産祈願などが行われている。

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