喜治貝塚採集土器

喜治貝塚

名称(ヨミ)キジカイヅカ
中分類貝塚
小分類貝塚前期(縄文)
所在地天城町平土野字喜治
時代・年代貝塚時代前4期(縄文後期)~貝塚時代後1期(弥生時代)
遺産概要【位置と環境】
 本遺跡は天城町大字平土野字喜治の海岸に形成された砂丘に立地する。
 遺跡の正面には、西側に口を開けた半円状の内湾が広がり、遺跡の南側には町内で最も大きな港である平土野港が立地し、遺跡の後背に聳える石灰岩崖上には、大久保遺跡が立地している。

【調査経緯】 
平成13年に遺跡一帯を資材置き場として使用するため、整地が行われ、その際に出た廃土が向井一雄氏の畑に持ち込まれた。向井氏がそこから土器や貝殻などを採集・確認したことによって、遺跡の存在が判明した。

【概要】
 喜治貝塚からは、貝殻や獣骨、魚骨などの食料残滓と考えられる自然遺物も採集されているが、貝製品や骨製品などの人工遺物は確認できない。
 土器をみてみると、大久保遺跡由来の資料を含む可能性が高いためか、多くの種類の土器が採集されており、その時期幅も広い。縄文時代後期に相当する時期の面縄東洞式や嘉徳Ⅰ式、嘉徳Ⅱ式、縄文時代晩期に相当する時期の喜念Ⅰ式、宇宿上層式、仲原式などの在地土器とともに、弥生時代中期の入来Ⅰ式土器などの搬入品と考えられる弥生土器も採集されている。
 また、1点のみであるが、兼久式土器と考えられる木葉痕が残る底部資料も採集されており、喜治貝塚や大久保遺跡一帯が長い期間にわたり、居住域として利用されたことが推察できる。
 石器は、石斧と磨敲石が採集されており、磨敲石は比較的軟らかいサンゴ石の小型礫を石材としており、特徴的である。
文献・資料〈参考文献・資料〉
●県埋蔵文化財情報データベースhttp://www.jomon-no-mori.jp/kmai_public/
●熊本大学文学部考古学研究室1985年『玉城遺跡』研究活動報告19
●天城町文化財活性化実行委員会2013「喜治貝塚表面採集資料」『天城町内文化財悉皆調査報告書』

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